読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ZaccaMocca 手取り20万円以下が始める雑貨屋さん ~ゼロからお話ししますね~

手取り20万円以下で創業を決意!妻を巻き込んで一念発起 雑貨屋さんをOPENするまでを出来るだけ詳細にお伝えしていきます HPが出来ました!<http://zaccamocca.wixsite.com/zaccamocca>

営業、それ楽しいですか?辛いですか?~その3~

営業、それ楽しいですか?辛いですか?

f:id:zaccamocca:20161108094524p:plain

こんにちは!
ZaccaMocca、WEBその他諸々担当の okayu でございます。

 

前置き

少し時間が空いてしまいました。申し訳ございません。

近々は「ラッピングコーディネーター」の資格を取得したり、あれよあれよと次の職場が決まったりとバタバタしておりました。

詳細は当シリーズが終了した後に更新できればと思っております。よろしくお願い致します。

 

1年を過ぎて・・・営業ではなくなった

さて、本題でございます。

前回は当時の先輩のようになりたいと思っていた私。


その後、商品のスペックや導入例だけをひたすら暗記し、少ないながらも毎月の売り上げが出来てきた頃でございます。前置きとして、当時の私が担当していた会社はほとんどが地方の販売店や企業でございました。

ともなれば営業として外回りをするにも出張が必須になってまいります。しかし、所属していた1年半もの間、私は1度たりとも出張をしませんでした。それどころか、営業なのに用事は電話でことを済ませ、お客さんの前にはめったに立たない毎日。私は特に少なかったですが、社内の営業のほとんどが営業なのに社内で仕事をしているという職場だったのです。地方の企業相手が多いのもありますが、基本的には携帯で外でコソコソ話て発注を取る、そんな異常が蔓延していたのであります。

当時の部長の言葉である「どこであろうと外に出たなら1つくらいは注文を取ってこい。出来なければ帰ってくるな」を 外に出る=売り上げを上げてくる という営業として当たり前のことをなぜか 注文を取れないかもしれない=外に出るのをやめておこう に変換しまったのでございます。結果、ラッキーパンチを打ち続けるだけで毎月の目標数値には程遠い売り上げしか出すことが出来ませんでした。何故できないのか?営業の本を読んだり、先輩に相談したりとあがいては見たもののそれでも外回りにはいかない日々。すでに営業職として意味は成していなかったのであります・・・。

 

気付けば逃げ場所を見つけていた

幸いだったのは当時の会社は不良品が頻発すると倉庫での軽作業が発生しておりました。その作業は営業活動に大きくダメージを与えます。というのは、時間を大きく取れられる作業=就業時間ギリギリまで会社に戻ってこなくて良いというものでした。私は積極的に倉庫作業に手を上げるようになり、夜の7時、8時に戻ってきては申し訳程度に取引先に連絡を取り営業をする毎日。もちろん売上は上がりませんが、倉庫作業をしているのだから仕方がない、みんなの営業時間が削れないように手助けしていると思うようにしていたのであります。

気付いたときには社内にいるよる倉庫に居る時間の方が長くなっておりました。

その方が気が楽であったし、当時その時間があるから精神的にも持ちこたえられていたのだと思います。

 

リミットは近い

そうして逃げ道を手に入れた私。しかし、会社はそれを良しとはしてくれません。

当たり前ですね。

同じ頃、営業に1つ枠が空き、その方が担当していた企業をまるごと引き継ぐことになりました。東京にも多くの取引先があり、入社から1年過ぎたころになって初めて営業回りをするようになるのであります。そこからは失敗の連続でした。

提案が出来ない、買ってもらえないので別の方向から攻めようとして先方を怒らせ出禁になるなど、本当に様々な失敗をここで初めて体験いたしました。しかし、その中でいくつかの担当者に気に入っていただき、やっと社会人として第一歩を踏み出せるかもしれない!そう思っていたころでございます。「okayuって社員は何してんの?」普段遠方にいる社長からそんなお達しが来るのであります。

入社から1年半程度が過ぎ、即戦力扱いのような入社をして一度も目標数値を達成していない人間が1人だけいれば、それは会社として見過ごせないものになります。同時期、同じように数字の出せない営業が数人出始めたのもありますが、リミットはこの時すでに決まっていたのかもしれません。

 

渦中、逃げた日

商品に不良が増え、返品も増え、特需がなくなり営業力なくしては発注はもらえなくなってまいりました。そうなると、目標金額に近い数値を出せるのが当時の営業部長ともう1名の営業のみとなってしまったのであります。何故売れないのか、売れないのであれば会社はどう支援したらいいのか、会社側の支援もむなしく答えの出ない会議が続くようになったのであります。

そして、そんな雰囲気は社内にも蔓延しギスギスした雰囲気が続いたある渦中の日。

倉庫作業を終え会社に戻った後でした。連日の営業会議でついに言い訳もなくなり黙ってしまった営業一同。部長と好調であった営業の2名が「何かないか?」「どうしたらできるようになる?」「何が足りない?商品か?どんな商品があれば何個売れるんだ」「頭を使ってくれ、頼むから」今でもあの光景は忘れられません。

そして沈黙が続いた10分後。

「わかった、何もないなら帰れ」

その一言で2人は自分たちの営業方針や売り上げ予測の話を始めました、会議室には7名の営業と部長の計8名。私を含む6名はそのまま黙って5分か10分か、もっと短かったかもしれませんが、私はすぐに2人が何を話しているかわからなくなりました。周りを見渡しても俯いているだけの営業メンバー、帰れと言われてどうしていいかわからなくなってしまい、頭も混乱し、グルグルと考えにもならない何かが巡り巡って。

気付けば自分の部屋で座り込んでおりました。

返れと言われて黙って立ち上がり、本当に会社を出たまでは覚えておりましたが、どうやって帰ってきたかはまったく覚えておりません。

ぼーっとしている中、胃はキリキリして明日の出社はどうしたらいいのか、どんな顔をしたらいいのか、この期に及んで体裁のことばかり考えていたのであります・・・。

 

 

さて、本日はここまで。

1年半の間に営業として何も掴むことが出来ず、逃げ出してしまった私に追い打ちをかけたのはどんな出来事だったのか。

その果てに今だから言えること、1社目のまとめを次回更新いたします。

では、また(((◞( ・ิ౪・ิ)◟

 

↓↓読んでいただけましたら記事下の「[B!]Bookmark 」の追加をお願い致します!