みなさんの知らない国産食器の世界

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☞生活に上手に陶器を取り入れる 方法 ☞絶対におすすめな国産食器 とは ☞簡単に食卓を彩る 方法 の3つを重点としてご紹介。ツイッター、インスタやってますのでプロフィールを参照してくださいね!

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Jazz初心者がディアゴスティーニだけでBlueNoteを語りつくす(マイルス・デイビス)

どうも!

サッカー大好き大隈圭将です。

 

今回ご紹介するアーティストはこの方!

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マイルス・デイヴィス(Miles Davis)

どこか幼さを感じる画像が多いこの方、印象とは裏腹に「ジャズの帝王」とまで呼ばれるマイルス。

僕が好きなのはこの1曲ですね。

www.youtube.com

Miles Davis - Dear Old Stockholm

 北欧民謡をカバーした1曲。

 

 

帝王とまで呼ばれるようになる偉大なマイルスも、20代の頃は自分の考える評価と他人から下される評価に苦しんでおり、ついにはドラッグに溺れていったのです。

しかし、そんな批判も含む評価すべては彼のその突出した才能こそでした。

まだ20代前半の彼に批判を含めた期待や嫉妬にいわゆる”大人”の対応を求めるのは酷だったのかもしれません。

とはいえ、ドラッグに溺れる彼を見てむしろ批判は多くなり、人も離れていく一方。

しかし、そんな彼をBlueNote創設者アレフレッド・ライオンは見捨てませんでした。

「マイルス、年に1度でいいからうちでレコーディングをしてみないか」

おりしも、ドラッグに溺れた自分と戦い始めたマイルスに断る理由はありませんでした。

 

そんな満身創痍のマイルスが復帰後初のリーダーを務めたのがこの「Dear Old Stockholm」です。

1952年に発表された「マイルス・デイヴィス・オールスターズ Vol.1」に収録されるこの曲はセクシーな曲調で終始しています。

が、マイルスがドラッグに溺れていた時期という背景を知っているとどうしても苦しさのようなものを感じ取らずにはいられません。

 

そして、このレコードをきっかけに再び彼は音楽界に完全復帰。

いつしか帝王と呼ばれた彼のすごさはその革新性。

彼が発表する作品が次の10年のジャズの方向性を定めていたんです。

59年には次の60年代を作ったモードジャズ

再び69年には次の70年を作った大編成でロックやファンクを取り入れた演奏

 

その先の10年を作った男が帝王、と呼ばれるのも必然だったのでしょう。

 

そして、多くのレコードを残した彼のバンドに呼ばれることはいつしか若い演奏者の夢となりました。

彼に呼ばれヒットした演奏者は多く、プロデューサーとしての才能もあったと言われ、まさしく帝王だったわけです。

 

 

と、僕が今知っているの彼はここまで。

彼の曲は多くあり、エピソードも事欠きませんからまた続きを書きたいと思います。

 

この記事を書いていたときにyoutubeでみつけた動画を張ってお別れです。

www.youtube.com

 

タモリさんと共演してるやん!!

本当に興味の尽きない彼です(笑)