みなさんの知らない国産食器の世界

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☞生活に上手に陶器を取り入れる 方法 ☞絶対におすすめな国産食器 とは ☞簡単に食卓を彩る 方法 の3つを重点としてご紹介。ツイッター、インスタやってますのでプロフィールを参照してくださいね!

みなさんが知らない国産食器の世界

Jazz初心者がディアゴスティーニだけでBlueNoteを語りつくす(ハービー・ハンコック)

どうも!

サッカーとジャズが大好き大隈圭将です。

 

今回ご紹介するアーティストはこの方!

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ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)

 

すこし大き目のグラス(眼鏡)が特徴的な彼。

1960年代のエリートピアニストといえば間違いなくハービー・ハンコックの名前が上がります。

下積み時代もなく、まだ大学生だった彼はいきなりブルーノートと契約を果たします。

 

 幼少からピアノを弾いていたハービー。

しかし、音楽で食べていく決意ができず一時大学に身を預けます。

もちろん、ジャズへの思いはこの時からすでに大きなものになっていました。

 

そして、チャンスは準備のできた人に与えられます。

1960年の冬、大学を卒業した彼。

地元シカゴは大雪に包まれていました。

そんな中なので交通網はマヒ、しかしそこにチャンスはありました。

「ドナルド・バードのバンドがピアニストを探している」

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ドナルド・バード(Donald Byrd)

シカゴの大雪でバンドメンバーのピアニストが足止めを食らっていました。

意を決してオーディションに参加した彼は見事、ドナルドのハートを射止めたのでした。

ハービーがシカゴ出身でなければ、幼少からピアノをやっていなければ、地元のライブハウスのオーナーが彼を推薦してくれなければ、この結果はなかったでしょう。

偶然のようで、いくつもの事実が幸運を引き寄せたのかもしれません。

 

そして、そのドナルドの推薦によりブルーノート創設者のライオンにも認められ、即契約となったのです。

彼の特徴はジャズ・ピアニストがスタンダードとするトリオでのレコードが1枚もないこと。

大ヒットしたウォーターメロン・マンも初のリーダー作にして5人のメンバーで演奏しています。

ちなみに、僕も大好きな曲です。

 

人柄としてはプロデューサーとしての手腕もあったマイルス・デイビスにして「あいつは演奏より録音を優先させるんだよ・・・あいつが弾くころには曲の半分が終わってる。録音機をいい場所にセットするのに時間をかけるんだ」と呆れられるような、電子工学を専攻していたこともありオタク気質だったのかもしれません(笑)

 

しかし、その才能は間違いがなく、1つのレコードにテーマを持たせたコンセプト・アルバムはそのジャンルの草分け的存在として人気を博しました。

「処女航海」・・・真新しい海への船出

「ジ・アイ・ザ・ハリケーン」・・・嵐と遭遇

「リトル・ワン」・・・旅路の中自分の小ささを知る

「サヴァイヴァル・オブ・ザ・フィッテスト」・・・孤独の戦いの果てに見た生命のすばらしさ

「ドルフィン・ダンス」・・・そして海は静けさを取り戻し、イルカたちが喜びを表現するかのように舞う

 

今でこそありきたりな表現となったかもしれませんが、当時彼がこの表現を音楽で表現してしまったからこその弊害ともいえるかもしれませんね。

 

ちなみに日本にも縁があり、広島の原爆ドームを見て衝動に駆られ、市内で徹夜で作成した「For The City Of Peace」(平和の街のため)は彼の大ヒット作である「ウォーターメロン・マン」と共に現地で視聴できるそうです。

もしかすると、みなさんも修学旅行など広島を訪れたさなか耳にしているかも知れませんね。

 

まだご存命で、エリートこそのマイルスのような波乱な話はありませんが、ウィキペディアにあった2003年の日本外国特派員協会で語ったことを見ると今も変わらず素晴らしい人物なのだというのがわかります。

 

「私自身は決してそういう人間にならないようにと願っています。自分は何でも知っていると信じ、ほかの人たちの言うことに耳を貸すことを忘れてしまった人、年長者だというだけの理由で年下の人たちよりも何でも知っていると思い込んでいる人、私は絶対にそういう人間にはなりたくありません。そこには非常に大きな誤りがあるんです。実際、私も教えるという機会に恵まれたときに経験したことですが、先生と呼ばれる人たちの多くが、教える生徒たちよりも、むしろ教える自分のほうが生徒たちから学ぶことのほうが多いと証言していました。これはとても良いことだと思います。」

「私は演奏するとき、一生懸命にならないように努力しています。演奏するときはただ、オープンな気持ちになりたいと思うだけです。そうすれば、何が起きてもオープンに受け入れられ進んでその瞬間に起きていることの自然な流れの一部になりたいと思うようになります。」

 

 

さて、本日はここまで!