みなさんの知らない国産食器の世界

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みなさんが知らない国産食器の世界 -伊万里焼編-

どうも!

サッカー大好き食器屋さん 大隈圭将です。

 

さて、今回は伊万里焼についてです。

元々は有田焼と同じものでしたが、海外への輸出する際の港が伊万里だったため、その名前が使われるようになりました。

今では有田地区で作られる磁器を「有田焼」伊万里地区で作られる磁器を「伊万里焼」と分けているようですね。

 

で、そんな伊万里焼ですが歴史は長く1600年初頭には技術が確立されており、「初期伊万里」と呼ばれているようです。

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(初期伊万里)

 

ぶっちゃけ僕は伊万里焼って好きじゃなかったんですよね。海外、おそらくは中国などアジアを模倣していたのだと思いますが、その色が強い鮮やで描きこみの多い派手なお皿のイメージだったんですよ。

ところが、この記事を書くにあたって調べると初期伊万里はまぁ~すばら!

画像のとおり、白い陶器に青い染付があしらわれているのですが、本来染付というのは”素焼き”という技法で低温で焼き固めて成形したあとに描くものなのですが、初期伊万里は成形前に染付をしてそのまま焼いているんですね。

染付の際の水分がそうさせるのか、ホワッとした絵が多いのが印象的です。

そこに歴史があるのかと思うと確かに古物としての魅力を感じます…。

個人的に1個欲しいレベルで(笑)

 

zaccamocca.hatenablog.com

 伊万里焼については瀬戸焼とは別の時代ですが、世界に広まっていった過程は同じです。

1660年代に一時中国がヨーロッパへの渡航を禁止したために、ヨーロッパ向けの豪華な器の需要が高まり、その際に好まれたのが伊万里焼の本当の始まりと言えます。

まもなく中国の輸出が再開され、シェアはもとに戻ってしまいましたがそれでも世界に伊万里ブランドを知れ渡らせるには十分な機会だったのです。

そこから、赤や金を多用した今の伊万里焼に非常に近いものが1690年代から輸出され始めると、ヨーロッパ向けの輸出商品として栄えていきます。

 

しかし、それもまた束の間。

1700年代にはオランダをはじめとするヨーロッパでも自国で陶磁器を作成する流れが生まれ、輸出量は減っていきます。

しかし、そうなった頃には逆に国内で舶来物(はくらいもの)が浸透しはじめていたこともあり異国に思いをはせるかのようにヨーロッパに輸出をしていた伊万里焼が国内で人気となりました。

当時はもちろん現代よりもはるかに海外というのは異国であり道の世界だったわけで、その風を感じることができる伊万里焼というブランドは島国の日本で好まれるブランドへと成長していたわけです。

 そのあとはそのほかの器同様、生活品からなにからと国内で浸透していき、江戸の末期には価格もお手頃になったことで庶民の手にも届きやすいものになっていました。

そこからの歴史に主だった出来事もなく、今に続いている陶器というわけです。

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このあたりの模様や形は一番皆さんの中の伊万里焼のイメージに近いのではないでしょうか。

「あー、実家にあるある!」という方も多いことでしょう。

 

先ほども書いたのですが、僕はこの赤や金の染付があまり好きじゃないんですよね。

いかにも古物商って感じで、ビビッとこないんですよ。

しかも金を使っていたりすると電子レンジNGですしね!中には食洗機で柄が落ちてしまうものもあるのではないでしょうか。

そして検索したのですが・・・残念!

今回は本当におすすめできる窯元さんを見つけることができませんでした。

 

いっそ初期伊万里に舵を切ってくれた方が今のご家庭にはウケると思うんですけど…淡い青の染付はデザインによっては海外でも勝負できるクオリティだと思っています。

若い作家さんなどの台頭に期待するしかありませんね。

 

がんばれ!伊万里焼!

 

さて、本日はこのへんで。